話の聞き方 その②

ずーーーっと前に、「話の聞き方」というタイトルで記事を書きましたが、なぜかふとその第2弾を思いついたので、久しぶりにこのテーマについて書きます。







さて、僕は社会人1年目の時に、上司に謝罪を求めた事があります。

それは飲み会で無理矢理飲まされそうになったからです。

僕はお酒を飲むのが好きですが、人からの強制を何より嫌う僕は、あえて「すみません飲めないんです」と言って断りました。(嫌なやつ)

まあ、何より、僕はその上司が嫌いだったので、単純に喧嘩を売りたかったというのもあった。(まじで嫌なやつ)



そしたら、酔っぱらってたその上司は「お前、客からの酒でも飲めないって言うつもりなのか?」と言って飲まそうとして来ました。まあ予想通りの展開です。笑






で、次の日、新人研修でアルコールハラスメントについて習った事を引き合いに出して「人にお酒を強要するのはいけないことだと思いますので、僕に謝罪してください」とその上司にメールしたところ(記録を残すため。笑  最悪なやつ。笑)当時の部の人事担当者が僕を個室に呼び出して、



「君、上司に謝罪を要求するって一体どういう事かね?それじゃあ会社生活やっていけないよ。」




と怒ってました。




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さて、その、僕を怒った人事担当者ですが、凄く真面目な人で、自分の上司の言う事は凄く真面目に聞いて、まあ、良い子ちゃんの典型みたいなサラリーマンでした。




でも、その人は、それから数ヶ月後、鬱病っぽくなってしまったらしいです。(原因が何かとか詳しくは知らないので、色々言う立場にはありませんが。)



僕は心の中で思いました。「会社生活やっていけないのはあなたでしたね。」






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さて、この当時の人事担当者をサンプルにして、彼の頭の中を少し分析してみましょう。(こういう、ナメた「分析」がとても嫌われるのは百も承知ですが。笑)





この人事担当者はおそらく「自分は会社生活30年、様々な事をやってきた。会社でどういう人が上手くやっていけるかよくわかっている。だから、この新人に自分の学んで来た事を教えてあげて、彼が上手くやっていけるように育ててやろう」と思っている。


とても良い人です。嫌みに聞こえるかもしれませんが、これは嫌みではなく、当時の会社は本当に良い人達ばかりで、新人を教育して立派な社会人にしてやろう、と思っている上司が多かったと思います。今でも繋がっている人がたくさんいます。



自分の理想とする社会人像Aがあり、そのAという像を体現すれば、皆社会で上手くやって行けると思っている。だからそれを新人に体現させようとする。



繰り返しますが、とても良い人です。



ただ、おめでたすぎる。というか、考えが浅過ぎるというしかないでしょう。地獄への道は善意で敷き詰められている、という言葉は知らなかったのでしょうか。







事実、彼はその後会社で上手くやっていけませんでした。鬱になっちゃったんだから。とても気の毒です。


さて、彼が彼の信念(Aという理想像を追い求めるという信念)に従って仕事をして失敗したので、それはそれで仕方ない(自己責任、という言葉を使うのは嫌ですが、まあそういうことでしょう)ですが、問題は、それを僕に押し付けようとしていたことです。







彼がそれ(Aという社会人の理想像)を僕に押し付けて、もし僕がそれを素直に聞いていて、Aを体現し、彼の様に鬱病になって、もし自殺でもしてしまっていたら、彼は責任をとってくれるのでしょうか?



とってくれるわけありません。というかとれません。死んでしまった人は少なくとも今の医療じゃ生き返らせられないので。




そういう意味で、彼は極めて無責任と言うことができるでしょう。



結局、自分の理想を人に押し付けるだけのマスタベーション人事担当者だった、と言われても仕方ないでしょう。




(*注1 ただし、全ての教育は価値観の押しつけである、と考える事もできるので、かれは仕事として仕方なくやっていた、と考える事もできます。例えば、算数を教える、という学校教育は価値観の押しつけと考える事もできます。算数を使わない生き方もあるので、それを無理矢理教えてその点数によって人を評価するなんてひどい、という考え方もできなくはないということです。)

(*注2 彼が鬱病っぽくなってしまった原因を僕は何もしりません。上の議論は、彼の社会人としての理想像が彼の鬱病の発症に寄与した、という仮定のもと書いています。もしこの仮定が完全に間違いである場合(彼の社会人としての理想像と鬱病の発生の間には何も因果関係がない場合)、上の議論は全く成り立ちません。)

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人の話を良く聞く事は良い事だとされています。


ただし、上の例からも分かる様に、「人の話を聞いて理解すること」と、「人の話をすべて鵜呑みにすること」はまったく違います。
それは前の記事でも書いた通りです。





人の話を良く聞き、完全に理解し、それのどこが間違っているのか、どこが自分とは相容れないのかをいつも考えるという思考のクセが大事だと思います。