お金によるインセンティブのジレンマ

昨年末は久しぶりに旅行に行きました。

さて、ニカラグア国内のあるホテルに泊まった時の事。びっくりした事がありました。


それは、ホテルの従業員さんの接客態度がめちゃめちゃ良いことです。ニカラグアでは、(まあ、こう一般化してはよろしくないのは分かっていますが)一般に、あんまり接客の態度とかはよくないです。笑 なにか手違いがあってもお客さんに謝るとかはあまりないし、「お、も、て、な、し」的なものはあまりない。笑 悪いこととは言ってませんよ、日本は過剰なところもあるかもしれませんし。笑
(参考→Are Clients God? http://d.hatena.ne.jp/Vivalavida0423/20130430/1367275595


けど、そのホテルはそうではなかったです。それにびっくりしました。凄く対応がよくて、少し不手際があったのですが、その時も凄く気持ち良く謝ってくれました。




さて、なんででしょう?それは彼等が単純に良い人だからでしょうか?もちろんそれも考えられます。なので本当の所はわからないです。

が。







インターネット上にはTrip Advisor というサイトがあって、(http://www.tripadvisor.com/)ここでは、ホテルにとまったお客さんがそのホテルについてのレビューを書く事ができます。アマゾンのレビューみたいなもんですね。


ホテルをさがしている人は、そのレビューを見て、そのホテルに泊まろうかどうか考えたりします。なので、レビューに良い事をお客さんが書いてくれると商売が繁盛するし、悪い事を書かれるとお客さんが入らなくなってしまうかもしれません。


ホテルの従業員さんの態度がすごく良いのは、それを分かっての事かもしれません。





さて、ここで質問です。

質問:良いレビューを書いてもらう為に良い接客をすることは、良い事だろうか?





多分、これは「良い事だ」という意見が多いんではないかと思います。自分の商品の売れ行きをのばす為に、商品(ホテルの場合は「サービス」)の質を上げるのは、資本主義の世の中では当たり前の事です。


お客さん(受益者)からのフィードバックがあって、始めて、自分たちは世の中に価値のあるものを提供できているのかどうかが分かります。マーケット=市場、はそれがきちんと働く場所です。自分たちが世の中に価値あるものを提供できていなければ、自分の商品は売れなくなり、会社はつぶれます。





国際協力(途上国援助)の世界では、この機能が上手く働いていない、という批判がよくあります。

例えばこれ。


著者は元世界銀行に勤めていた人ですが、国際協力の世界では、援助機関(国連機関とか、各国政府の援助機関)が受益者(貧困や病気に苦しむ人々)からフィードバックを受ける事がない為、いらない物資や、不必要なサービスを提供していて、だから今まで莫大な資金が途上国援助につぎ込まれてきたにも関わらず貧困はなくなっていない、と言っています。

そして、受益者の為にならない事をしているにも関わらず、それによって援助機関がつぶれる事はないので(資金は受益者からではなく先進国の国民の税金から来ているから)同じ過ちが繰り返されます。






ニカラグアで働いていると、それは一理あるなあ、と思う事が沢山あります。

よかれと思って作った建物や井戸が放置されて使われていなかったり、高性能の機械はあるものの使える技術者がいない為、放置されていたり。

また、受益者が全く負担を負わない場合にはモラルハザードもおきると思います。「ただでもらえるもんならもらっとけ」精神です。援助慣れ、って言ったりします。
なにか問題があったり、足りないものがあったら、すぐ「援助が必要だ」って言ったりします。あと、あるプロジェクトを提案したりすると「全部あなた達がやってくれるんでしょ?」的な。「いや、主体はあなた達で、あなた達の為になることなんだから、自分たちがイニシアチブとってやってくださいよ!たのんますよ!」みたいな。笑





だから、ちゃんとマーケット機能を働かせて、ある程度受益者にも負担をしてもらって、フィードバックをもらい(多くのお金を受益者からもらうことができたら価値を提供できている証拠になる)、自分たちが彼等に本当に価値を提供できているのかを計る事は大事な気がします。

参考:価値について→http://d.hatena.ne.jp/Vivalavida0423/20131023/1382479935

また、自分たちがお金を負担すれば、受益者も、「お金を払ってるんだからきちんとしてもらわなければ困る、そして、自分たちも、お金を払って買ったものが自分たちの役に立つ様にきちんとメンテナンスしたり、自分たちがそれを使いこなせる様に頑張ろう」と思うようになります。それは大事な事だと思います。


なので、マーケット機能が働く、って、凄く大事な事だと思います。



そういう意味では、ホテルの従業員さんが、良いレビューを書いてもらう(=お金の獲得に繋がる)為に良い接客(良い商品を提供する)ことは良い事だと思います。











ただただ。







「お金によるインセンティブ」はいつも上手く働くとは限りません。

Michael Sandel: Why we shouldn't trust markets with our civic life

http://www.ted.com/talks/michael_sandel_why_we_shouldn_t_trust_markets_with_our_civic_life.html





このスピーチでサンデル先生はこんな例を出しています。

質問:子供がもっと勉強するように、良い成績をとったらお金をあげることは良い事なんだろうか?


これには「だめ」な人が多いと思います。確かに、変な気がします。

「だめ」な理由の一つには、「お金をもらえなくなったら勉強しなくなってしまうから。勉強は知的好奇心によって自然としたいと思うもの」というものがあると思います。


でもそうすると、「良いレビューを書いてもらいたいから良い接客をするなんてダメだよ。良い接客をするというのは、人間として自然としたいと思うべきものであって、お金をもらいたいから良い接客をしたい、というのは健全なモチベーションではない」とも言えると思います。






国際協力の世界でも同じ様なことがあります。

近年、世界銀行がイニシアチブをとって始めた事業で、Payment for Ecosystem Service (PES) ; http://en.wikipedia.org/wiki/Payment_for_ecosystem_services

というのがあります。

これは、簡単に言うと、自然破壊を防ぐ為に、「自然に優しい農業をしたらお金をあげますよ」と農家の人達に補助金を出すものです。




自然破壊を防ぐ為に金銭的なインセンティブを利用しよう、という方針は「温暖化対策の為の排出権取引」たいなのにも応用されています。二酸化炭素の排出を押さえたらその分を権利として売って良いよ=お金をあげるよ、ということです。




これらはどうなんでしょう。自然破壊を防ぐ為にお金によるインセンティブを使う、というのは有効な手だてなんでしょうか。それとも、環境に優しくする、なんていうのはお金をもらわなくても自然にやるべきことで、お金のインセンティブでやるべき事ではないんでしょうか。








これは、経済学と哲学が絡む凄く難しい問題です。








サンデル先生は講演でこんな事をいっています(意訳)。


「Market Economy (市場経済)は富の生産と分配において非常に有効な素晴らしいツールです。しかし現代の社会はMarket Society(市場社会)、つまり全てのものがお金に左右される社会に移行しているのではないでしょうか。」



「私達は、全てがお金によって左右される社会に済みたいのか、それともお金で買えない大事なものが存在する社会に済みたいのか、今一度考えるべきです。」










世界には問題が沢山あります。どの問題にどういう基準で、「金銭的インセンティブによる解決方法」を導入するのが良いのでしょうか。これは考えるべき大きな問題です。