時間の感覚

(分かりにくい!というコメントを頂いたので、訂正版!! 興味ない人は無視してください。笑  でもこれでもあんまりうまくまとまってないと思う。。。笑 なんか難しいな、これ。)


最近、よく田舎に出張に行きます。



こんなかんじ。



こんな。



こんなかんじ。








さて、日本でもそうですが、都市と地方では、人々の中に流れてる時間が違うなー、なんて思う訳です。




当然、地方の人の方が、時間がゆーーーっくり流れてるなあ、と。






され、これ、経済にとって重要なポイントな気がします。


何故かって、「生産性」とか「効率」、「経済成長」みたいな概念の全ての根本にあるものが「時間」だからです。






生産性って、単位時間あたりにどれだけ価値あるものを産み出せるか、ってことですよね。
効率もそう。
経済成長も「年率〜%」とかだから、時間を基準にしたもの。


生産性=生産量/時間    です。








たとえば、田舎にいるAさんの体内時計は、都市のBさんの体内時計の2倍遅く動くと考えましょう。Aさんはゆーーーっくり生きてるので。



さてさて、そうすると、Bさんにとっての年率4%の経済成長は、Aさんにとっては2年で4%の経済成長です。Aさんにとっての2年はBさんにとっての1年なので。




それがAさんとBさんの時間感覚の違いです。






さて、なんで人々は(一般的に)、1年で4%の成長の方が、2年で4%の成長より「良い」と考えるんでしょう。



それは、「少ない時間でより多くの価値を産み出した方が良い」という暗黙の了解の上に成り立っている気がします。

それは、突き詰めれば、「人生をより充実させたい(限りある人生という時間の中でより多くの価値あることをしたい)」という願望であり、「もっともっと豊かになりたい」という欲望です。




2年で4%よりも、1年で4%の方が良い。1年で4%よりも半年で4%の方が良い。半年で4%よりも1ヶ月で4%の方が良い、という風に、無限に効率化を追求することができます。


でもそれは果たして「良い」ことでしょうか?











ロッコにいた時、たまたま断食月に遭遇しました。断食月は、やっぱり皆食べないし、睡眠も少ないので、仕事の生産性が恐ろしく下がる。

僕はフランス語の学校に行っていましたが、先生も生徒も疲れきっていて、ほとんど授業になっていなかった。笑 

これは、明らかに、「効率化」にとってはマイナスです。


でも、あたりまえですが、モロッコの人々にとって「効率化」より断食の方が大事なので、「効率化」の為に断食をやめる事はありません。


それがかれらの「時間の使い方」、「時間の感覚」です。





同じ様に、国、地域、宗教、文化、などなどによって、「時間の使い方」「時間の感覚」が違うはずです。


50年で4%の経済成長でいいよ、少しずつ、ゆっくり改善していけばいいじゃん、という考え方もあって良いと思います。


人々が「時間」というものをどうとらえているかによるはずです。








上にも書いた様に、生産性=生産量/時間 です。

経済を発展させよう(経済成長率をあげよう)とする時に、「生産量」にはよく着目されるような気がします。それは、数値で計れて分かりやすいからです。

「時間」も数値で計れるのですが、その時間の使い方は文化や宗教、価値観、といったデリケートな部分に関することなので、あんまり着目されません。



たとえば、上の例の様に「モロッコが経済成長したいなら断食は辞めるべきだ」(「生産性」には視点をあてずに「時間の使い方」に視点をあてている)なんてことは、価値観や宗教心の侵害になるので、絶対言えない訳です。言うべきでもないと思うし。










だからどうしろ、というわけではないのですが、「人々がどういう時間感覚をもっているのか」と「経済」は結構深く結びついてるんじゃないかなあ、なんて思う訳です。







まとめ:

人々が「時間」をどうとらえているかは、あんまりテーマにならないけど意外と重要なんじゃないだろうか。でも、それは、計る事ができない「価値感」や「文化」、「哲学」の問題なので、難しい。