議論の仕方① 〜どうやって生産的な議論をするか〜

僕は議論が結構好きです。知的な議論を永遠としているのが結構好き。結論を出さずに、ブレインストーミングみたいに、永遠と色々な話をしているのが好きです。インターネットは世界をどう変えるだの、民主主義の欠陥はどうだの、人間の本性は善か悪かだの、そんなこと。笑  趣味ですね。笑 
飲み会でも、(大騒ぎ系の飲み会も大好きですが)知的な会話系飲み会も大好きです。







さて、議論の問題点は、最初は冷静に議論していたものが、だんだんヒートアップしてきて、そのうち「喧嘩」「対立」になってきてしまうことです。

僕は「議論」は大好きですが「喧嘩」は大嫌いなので、こうなってしまうともうお手上げです。笑

「じゃ、僕、もうちょっと踊りに行ってくるから」、とか言って、さくっとその場を抜けるのが得意技です。笑   自分から火をつけておいて、火消しはしない、最悪のパターンですね。笑






議論がこういう風になってしまうと、何が問題でしょう。


問題1:楽しくない。そもそも、知的に楽しむ為に会話していたはずなのに、楽しくなくなってしまったらおしまいです。

問題2:生産的でなくなってしまう。議論の良い所は、いろんな考え方の人が集まって、意見を出し合って、より良いアイデアを産み出したり、納得を醸成したり、意見の一致を見いだしたりできる点です。なのに、そうでなくなってしまう。





さて、今日はこの「問題2」について考えたいと思います。



どうしたら生産的な議論ができるんでしょうか。「議論の目的が『議論』それ事体」である場合はそんなことは考えなくてよくて、ただ知的好奇心を満たすためだけに話をしていればいいのですが、「議論の目的が、なんらかの生産的なものを産み出すこと」の場合、それだけではダメな気がします。


さて。なんで、ヒートアップして「議論」が「対立」になっちゃうのでしょう。

Thinking, Fast and Slow

Thinking, Fast and Slow


この本に出てくる、Availability Heuristicという概念があります。(日本語訳は不明。。。)(この本、何度も紹介してますが、色々考える上ですっごく面白いのでおすすめです。日本語訳もあります。↓)

ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?

ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?



ちょっと次の問題を考えてみてください。

「Kで始まる英単語と、Kが3番目にくる英単語、どちらのほうが多いと思いますか?」


多くの人(英語のネイティブスピーカー)は、少し考えた後に「Kで始まる英単語の方が多いのではないか」と答えます。



何故でしょう。それは、「Kで始まる単語を思い浮かべる方が、Kが3番目に来る英単語を思い浮かべるより簡単だから」です。


Kが最初に来る単語は僕でも簡単に色々思い浮かべる事ができます。

king, kill, know, knowledge, knife, knock, kick, kidney, kind, などなど。。。。



それに対して、Kが3番目に来る単語を思い浮かべるのは結構大変です。

僕は、ask、しか思いつきませんでした。笑







でも、これ、正解は、「Kが三番目に来る単語の方が多い」です。3倍くらいあるらしい。







さて、少し考えれば分かりますが、「Kで始まる単語を思い浮かべやすい」ということは「Kで始まる単語の方がKが三番目に来る単語の方が多い」ということの理論的な根拠にはなりません。「Kで始まる単語を思い浮かべやすい」というのは、人間の脳の働きがそうだからであって、「Kで始まる単語の方が多いのかどうか」という事実とは無関係だからです。



これがAvailability Heuristicです。


一般化すると「人は、手の届く所にある(Availableである)情報を取ってきて、自分の主張の論拠にする傾向がある」ということです。










これを、議論する時にあてはめてみましょう。


議論に参加している人達は、皆、自分が経験してきた事、自分の知っている知識、自分が正しいと思っている事、つまり、自分の手の届く範囲にある情報(availableな情報)を根拠にして自分の主張を組み立てます。

でも、自分の手の届く範囲にある情報が全てなわけはありません。ちょうど、Kが3番目に来る単語を思い浮かべるのが難しいけれど沢山存在するように。
また、自分の手の届く範囲にある情報は、当然、個人によって違います。Aさんが思い浮かべるKで始まる単語のリストが、Bさんが思い浮かべるKで始まる単語のリストと違う様に。







人は、その人の思考の枠の中(手の届く情報源の中)でしか考える事ができず、「絶対的な中立」には成り得ません。それはこないだ書いた、「観察者の視点」と同じ事です。








結論は、いつもと同じ、ありきたりなものになりますが、

(結論)議論をする時には、「自分が間違っているのかもしれない」という考えを常に頭の中において議論する事が大事。

だと思います。

前にも書いた、「自分を疑う強さを持つこと」です。「強い」とは、「決して自分の主張、信念を曲げない」ことではなく「必要があらば自分の主張、信念を軌道修正して何が本当に意味があるのかを考え続けられること」だと思います。



そうすることで、相手の意見を取り入れる余地がうまれ、そこから新しい考えが生まれ、生産的な議論ができます。

特に、「会社の方針をどうするか」とか「この政策は国益になるか」みたいな社会科学的な議論においては、自然科学と違って「唯一絶対の解」が存在しないので、一層それが大事になると思います。

唯一絶対の解が存在しないので、皆が自分の正当性を強硬に主張し始めたら、「どの意見もある意味正しい」ということになって、議論は平行線を辿るだけになるからです。








これは、特に、感情を巻き込むような議論になると難しいです。

最近でいうと、「TPP」とか「原発」とか「移民受入」とか「雇用規制」とか「歴史認識」みたいなテーマでしょうか。こういうテーマを議論すると、一瞬にして議論がヒートアップして、「対立」になる。






でも、こういう大事な問題を話し合う時こそ、そこにいる一同が、「自分の認知にはバイアスがかかっている」と自覚して話すことで、なにか新しい進展があるのかもしれません。




この本、おすすめです。 宣伝料とかもらってませんよ?笑

Thinking, Fast and Slow

Thinking, Fast and Slow